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コレクション展25年度2回目

印刷用ページを表示する2017年10月19日更新

過去のコレクション展一覧

H25久万美コレクション展2


三坂道路開通1周年記念・洲之内徹生誕100年記念企画第2弾

坂本忠士と田都画廊-戦後文化のネットワーク

坂本忠士と田都画廊の画像坂本忠士と田都画廊の画像

趣旨

戦後の愛媛文化を見たとき、その横断性に驚かされます。美術や文学、演劇や放送文化が密接に交わりあって、全体として混沌とした力強さを持っていました。そのような文化ネットワークの一つの中心をなしていたのが、劇作家でありシナリオライターであった坂本忠士(1918-1993)です。坂本の活動は戦後、自由と新たな価値を求めた「文化的な交流と共同の広場」を作ろうとするものだったと言えます。

坂本忠士は1918年(大正7)松山生まれ。旧制松山中学(現:松山東高等学校)を卒業後、日本大学芸術科映画科に入学。在学中、松竹大船脚本研究所に入所し、卒業後に日活多摩川撮影所脚本部(後、合併により大映脚本部となる)にシナリオライターとして入社。映画のシナリオとして、大映が戦後初めて公開した現代劇「別れも愉し」(大映/監督:田中重雄)や「花嫁の正体」(1946年/大映/監督:西村元男)などを手掛けました。

1951年(昭和26)に松山に帰郷。NHK松山放送局の契約シナリオライターとして、約10年間、数々のラジオドラマの脚本を創作しました。1958年(昭和33)、「青春宿」(日本放送協会・松山放送劇団)が、文部省芸術祭(現・文化庁芸術祭)放送部門芸術祭奨励賞を受賞するなど、地域の放送文化に目覚ましい功績を残しました。劇作家としての活動のほか、1974年(昭和49)、松山を中心に活動する文化団体を組織化した「松山文化団体連絡協議会」を発起し、その会長となります。機関誌として発行した『季刊えひめ』で、伊丹万作や柳瀬正夢ら愛媛文化人の顕彰に務めました。

晩年、松山市大街道で田都画廊を経営しました。画廊経営では、かねてより親交のあった美術評論家で、東京で現代画廊を営んでいた洲之内徹に作品の借用や助言を得てもいました。他にも、文化人の集まる居酒屋の経営や、自宅を開放して莫大な蔵書を坂本文庫として公開するなど、愛媛文化のネットワークを重視した活動を行いました。

本展では、昨年度、坂本忠士氏のご遺族より寄贈を受けた、三輪田俊助、岡本鉄四郎、工藤省治ら、田都画廊で交友のあった作家の作品38点を初公開します。

その他の展示

洋画では、日本の近代洋画を代表する高橋由一や黒田清輝、岸田劉生らの作品、さらに大正・昭和初期の前衛画家・村山槐多や萬鉄五郎らの作品を展示します。また、伊予の書画や砥部焼を中心とした古い伊予のやきものを展示します。

会期

2013年6月29日(土曜日)~9月8日(日曜日)