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コレクション展22年度2回目

ページID:0001069印刷用ページを表示する2017年10月19日更新

過去のコレクション展一覧

H22久万美コレクション展2


燃えあがる画家-村山槐多・重松鶴之助

趣旨

大正から昭和初期、「火」に例えられた二人の画家がいました。村山槐多(むらやま・かいた/1896~1919)と重松鶴之助(しげまつ・つるのすけ/1903~1938)。フォーヴィスムを基調とした陰影の濃い画面に、青春の情熱をぶつけたような激しい作風で、現在も熱狂的なファンをもつ夭折の画家・村山槐多。一方、激しく絵画の道を志向しながら、やがて社会運動に身を投じ、獄中死した幻の画家・重松鶴之助。本展は、二人の作品から芸術のもつ根源的な力について考えるものです。

槐多の没後、彫刻家であり詩人の高村光太郎は、「いつでも一ぱい汗をかいてゐる肉塊槐多。五臓六腑に脳細胞を偏在させた槐多。強くて悲しい火だるま槐多。(中略)自然と人間の饒多の中で野たれ死にした若者槐多よ、槐多よ」と詠みました。槐多の芸術に対する「火」のように激しい情熱を表現した言葉です。

一方、重松鶴之助については、俳人・中村草田男が「いつのまにか絵画の権化のような、制作への要求に火と燃えあがるような存在になっていた。(中略)次々と有無をいわさず、すべての者の内面界へ放火して廻った」と、回顧しています。火を放たれた「すべての者」とは、映画監督・伊藤大輔、伊丹万作、そして中村草田男であり、鶴之助によって放たれた「火」は、のちに彼らの芸術世界を開花させる契機となりました。

奇しくも、「火」に例えられた二人の画家。「火」は、「影響を与えた」というよりも、もっと暴力的なまでに力強く周囲の人々に伝播してゆく様子を物語る言葉でしょう。「火」に炙られた人々もまた、芸術家として自己の表現世界を追求し続ける存在でした。
本展では、村山槐多と重松鶴之助の作品だけでなく、槐多の従兄弟で、槐多を絵画の世界へ招いた山本鼎の作品や、槐多と共同生活を送った水木伸一(愛媛県出身)、重松鶴之助に「放火」された伊丹万作らの作品も出品します。

芸術の、何が人をして「火」に変えてしまうのでしょうか。「火」とは何か。それは、不可解で理不尽な芸術そのものの力ではないでしょうか。危険な「火」、その熱を絵画から感じてみてください。

燃えあがるの画家

その他の展示

洋画では、日本の近代洋画を代表する高橋由一や浅井忠の作品をはじめとして、大正・昭和初期の前衛画家・萬鉄五郎や長谷川利行らの作品を、やきものでは近世から近代にかけての砥部焼を展示します。

会期

2010年6月26日(土曜日)~8月29日(日曜日)